2012年2月28日火曜日

クリントン君の暮らし

野菜メンバーの一員、クリントン君の家は学校から歩いて15分の所にありました。

本日の昼休みは授業が延びたせいで30分のみ。

という事は行って帰るだけで昼休みは終了。

ただでさえ一番暑い季節を迎えているケニアは、

15分歩いただけでかなりの体力を消耗します。

その為週に2,3回は昼食を食べずに学校に残っているんだとか・・・。


この長い平屋に7家族が住んでおり、

クリントン君の家はそのうちの一角にありました。

玄関を入ってすぐのリビングルーム。


隣人の子供たちが遊びに来ていました。



クリントン君のお母さんは彼が2歳の時に亡くなり、

その後新しいお母さんが彼らの面倒を見るようになったそうです。

兄妹も初めは4人いたそうですが、

兄、妹をそれぞれ病気と事故で亡くし、現在は12歳の妹との2人兄妹。

新しく母が来てからその3年後、お父さんが強盗に襲われ他界。

新しいお母さんはクリントン君兄妹の事を良く思わず、

いじめるようになったそうです。

現在は祖母に引き取られ、祖母、妹、新しい母の娘、クリントン君の

4人で暮らしています。

その為食事は妹のウィンターちゃんと、

新しい母の娘ヴィヴィアンちゃんの2人で作ります。

”野外cooking” 村では日常的な光景。

背後でロバが草をむしり、犬が昼寝をしています。



2人が昼食を作ってくれている間に、

クリントン君が寝床を見せてくれました。


御世辞にもきれいな寝床とは言えませんが・・・

これがクリントン君が使っているベッド。


勉強机を挟んで妹ウィンターちゃんのベッド。



2人の勉強机。

出ました!アルコールランプ!

火傷にはくれぐれも気をつけてね。



そうしている間に昼食完成!

今日はウガリ(トウモロコシの粉を蒸して固めたもの)と、

カウピースの葉っぱ(アフリカ伝統野菜)の炒め物。


こうしていつも3人で食べているんだとか。


近所の子供たちにもおすそ分け。



家の前にある枯れ果てた畑。

農業にも興味を持ち始めたクリントン君。

もうすぐ雨期を迎える事だし、

何とかしてここに主食のトウモロコシを植えたいものです。








2012年2月27日月曜日

こんにちわピヨスケです


”チームニワトリ”、あれから3羽の雌鶏が卵を温め始め、

本日ついに新たに8羽のひなが孵化しました~。

「何すんのよ、まだ眠いんだから止めてよ~。」

これぞヒヨコの中のヒヨコ!

というくらいまっ黄色のヒヨコちゃん。


ヒヨコたちのプレイルーム、大変賑わっております。



ヒヨコを蹴散らして餌をつつく母親たち。

”チームニワトリ”賑やかになってまいりました~!








2012年2月21日火曜日

ジャクリンちゃんの夢


最も清潔な家ナンバーワン!に輝いたのは、
 
 
ジャクリンちゃん(8年生)、羊グループのメンバーです。


白のタイル張りの床に、ベロア生地の赤いソファーが何とも映えますね~。



ジャクリンちゃんの部屋。
 
 
一人一台の勉強机に、夜は蛍光灯の明かりで勉強ができるそうです!
 
 
ブルーを基調とした素敵なお部屋です。
 
 
こんな素敵な家に住んでいる彼女ですが、
 
 
実はこれ叔母さんの家。(私が働く病院の秘書をしている)
 
 
現在叔母とその旦那、その娘たち2人の5人でこの家に住んでいるという。
 
 
ジャクリンちゃんは元々12人の大家族でした。
 
 
兄妹は3人が亡くなったものの現在も9人の兄妹がいるという。
 
 
そのうち5人は結婚し、3人は離ればなれに暮らしている為、
 
 
大家族にも関わらずジャクリンちゃんは実質一人ぼっちでした。
 
 
父は小学4年生の時に亡くなり、母は約2時間半離れた所に暮らしています。
 
 
会えるのは年に1回、お正月の時だけ。
 
 
それでも彼女の素晴らしい所は、母を愛し叔母にも感謝している所。
 
 
「叔母は忙しい中私の面倒を見てくれ、学費まで払ってくれているの。
 
 
ご飯の準備や掃除・洗濯はもちろん私がやらないと!
 
 
少しでも叔母さんを助けたいから。」
 
 
 
 
・・・・・良い子です!!!
 
 
とってもシャイな女の子だと思っていましたが、
 
 
彼女に話を聞くと、ビデオカメラを回している事に気づく事もなく、
 
 
一生懸命自分の話をしてくれました。
 
 

「私ね、夢が3つあるの!
 
 
1つ目はお医者さんになる事。ケニアってHIVとかマラリアとか結核とか・・・
 
 
本当に色んな病気が広がってるでしょ?
 
 
少しでもこういう病気で苦しんでる人を助けたいの。
 
 
2つ目は教師になる事。
 
 
読み書きのできないこがまだまだ沢山いるから、
 
 
そういう子たちの助けになれたらいいなぁ。
 
 
3つ目はね、女優になりたいの!!
 
 
彼女たちって全然笑わないじゃない??
 
 
私はねそんな表情に笑顔をのせて、みんなを幸せにさせたいわ!」
 
 
 
 
本当に素敵な夢です。
 
 
その後にジャクリンちゃんはこう付け加えました。
 
 
「私どれか一つは必ず叶えたいと思ってるよ!
 
 
そしたら、一生懸命私の為に働いている母や叔母に恩返しができるでしょ?」

家族とは離ればなれですが、
 
 
今ある環境に不平・不満を言うどころか、常に感謝を忘れない彼女。
 
 
何だかハッと気づかされる事がたくさんありました。
 
 
 
 
こんな可愛いジャクリンちゃん、どなたか彼女にいかかですか??

2012年2月3日金曜日

ひな鳥のプレイルーム

新たに4羽の雛が孵り、合計8羽の雛たちが現在元気に走り回っています。













巣箱の中には温め待ちの卵がずら~り。


これを絶景と思うのは私だけ?



そんな小さな雛たちが、大きなニワトリたちに踏みつぶされぬよう、

小屋の裏側に雛用の小さな庭を作る事にしました。


庭作りを、普段家の修理を一早く担ってくれる大工「アルフレッド」に依頼しました。

普段は穏やかですが仕事もードに切り替わったアルフレッドは、

まさに鬼棟梁のよう。



 「チンタラやってっと日が暮れちまうぞー」





「てやんでぇ仕事中だばーろー!おととい電話してきやがれ!」

と言っていたかは分かりませんが、この険しい表情。




今日は金曜日のはず。(もちろん授業あり)

勉強があまり好きではないと思われる生徒が、自然とお手伝いに集まってきました。




1年で一番暑い時期を迎えているケニア。

赤道直下の太陽がジリジリと皮膚に突き刺さります。

へなちょこな私は木の下の影から作業を応援。


作業も終盤。


はい、簡単ではありますが、

半日足らずでひな鳥の庭が完成~。



一方ニワトリに負けじと”チーム羊”が、着々と子供を増やし続けております。

本日新たに産まれたこの子。
「あたい産まれは京都どすえぇ。暑い所はイヤヤワ~。」

とでも言いそうなこのすまし顔。




先日産まれたあんころ餅君の親子と仲睦まじくしております。

「あら、お宅もお生れになったのねぇ。ようやくお腹が軽くなってやれやれよねぇ~。

最近暑いからあの大きなお腹で、草食べるのも一苦労だったものねぇ。」


あっそれはどうもお疲れ様でした。


ちなみに次の日また新たな子ヒツジが産まれました。

もうブログが追いつきませんので、ご報告までとさせて頂きます。

羊ファミリー合計38頭の大家族とりました。

2012年1月30日月曜日

ぴーよぴよ♪

私:「全然ひよこが産まれないんだけどさぁ、どうなってんの?」


父:「おまえは孵化する日数も知らずにニワトリを飼っとんのか!

ひよこが孵化するまで21日。

これは卵が産まれてからじゃなくて、温め始めてからの日数やぞ。

約38度、適度な湿度を保つ事。

バラバラに雛が孵らんよう、一度卵を集めて置いて一気に抱かせるといいんやで。」


昔父の実家は養鶏場をやっていた為、

父は私の中で別名、”加藤ニワトリ博士心平”である。


さっそく卵の周りに水を吹きかけ、適度な湿度を保つよう生徒にもアドバイス。

「産まれろ~産まれろ~」と願をかけて立ち去る。






すると翌日・・・・





う、う、う、産まれてる~~~~~~!




どっかから甲高い声がするかと思ったら、

合計4羽の雛がかえっていました。




大はしゃぎのフレドリック君。

(左手はサッカーで転んだ際に骨折した模様)


いやいや、もちろん偶然とは分かりつつも、

タイミングが良すぎて”加藤ニワトリ博士心平”を恐ろしく思った。



するとその近くでは相変わらずのbabyラッシュの羊の1頭が、

するりと子供を出産した所でありました。







か、かわいすぎる!


それにしてもお前、お母ちゃんそっくりやな!

あんころ餅でも食べた後かのような口の周り。

将来ぐれた息子に嫌気がさして、

「あんたはね橋の下で拾ってきた捨て子だよっ!」

と言い放ったとしても、誰も信じる者はいないだろうと思われる程そっくりな息子。




産まれたての子ヒツジ!といって真似をするギャグがあるけれど、

まさにそんな感じでした。


これでオカンジャ小学校の羊は36頭となりました!





















2012年1月29日日曜日

拝啓 坂じい様

日本では一応看護師をしていました。



現在エイズ対策隊員としてケニアに派遣され、農業をしています。
(病院でも働いてはいますが)




父には「お前は一体そこで何をしているんだ??」

とよく聞かれるもんです。

人生は本当に何があるかわかりません・・・。



祖父は言ってみれば農業のエキスパートで、

大学で講師を勤めていた事もあった。

ひょっとしたらそんな祖父の血を引き継いでおり、

今ここで目覚めたのでは?と私なりに解釈する。

昔祖父の家は養鶏場を運営しており、1,000羽以上のニワトリがおったそうだ。

広大な畑には新鮮な野菜がいつも収穫できた。


私はといえば、畑の手伝いどころか兄や従兄と祖父の邪魔しかした記憶はない。

家にも畑はあるがさつま芋堀って、出くわした幼虫に大騒ぎ。


振り返れば、農業に携わる機会はいくらでもあったにも関わらず、

一切畑に入った事がなかった。




坂じいちゃん。(私の祖父)

あの時ちょっとくらい畑の手伝いしとけば良かったわ。

日本は寒いと聞きましたが、元気でしょうか?

ここケニアは、思い描いている8割方はそううまくいきません。

ケニア人、いい人もいれば悪い人もたくさんいます。

約束事は9割がたすっぽかされ、待ち合わせには余裕で1時間以上遅れてきます。

日本ではあまり人と喧嘩をした事はなかったけど、

ケニアに来た当初は人前でしょっちゅう喧嘩をしました。

つい昨日も、畑をトラクターで耕してもらっていたのだけど、

「土が硬い!機会が壊れる!」

と文句を言われ、途中で逃げられてしまいました。

もちろんお金と共に・・・。

思い通りに行かない事ばかりで時間もいっぱいかかります。

日本にいた時の方が、よっぽど人の為になっていたと思う事もしょっちゅう。

せめて農業の知識さえあればね・・・。


もちろん、私を娘のように慕ってくれる人もたくさんいるので安心して下さい。

耳はだいぶ遠くなっちゃったけど、

何かあればまた色々教えて下さい。

寒いので風邪などひかれませんように。







2012年1月25日水曜日

俺たちの名は「釜戸ビルダー」


「わたくし達、こういう者でございます。

作った釜戸は200個以上、釜戸作りの事ならわたくし達にお任せ下さい。」




ん?

"Professional Rocket Stove Builder"
(プロフェッショナルロケットストーブ型釜戸作り屋)

何だそれ。

カッコイイようで、そうでないような・・・。


「そのお顔、まだ信じてらっしゃらないご様子ですね。

こちらがトレーニング終了した証明書でございます。」

ドイツ援助団体の支援を受け、

数週間ではありますがどうやらちゃんとトレーニングを受けた、プロの釜戸作り屋のようです。


「では、時間もありませんので早速始めさせて頂きます。」




そう言うと、着々と下準備をし作業に取り掛かる”釜戸ビルダー”








「ちょっとちょっとコレ、適当に並べすぎなんじゃないの~?」




「何をおっしゃいますか!

これは計算に計算を重ね生み出された配置なのでございます。

こちらが作り方説明書でございます。」


そう言って見せてくれた説明書には、

よく分からない数字表記が・・・。

「あ、余計な口出ししてすんまへんでした。」




着々と作業は進んでいきます。



8時間後。

釜戸ビルダーにより、1日で釜戸完成。



お鍋を入れたらこんな感じ。

西日が窓から注いでいたせいもあってか、

私には釜戸が光り輝いて見えました。



「作業完了でございます。」





「他にもこのようなタイプの釜戸を取りそろえております。

必要ならばいつでも飛んでまいりますので、お申し付け下さい。」


そう言うと、西日に向かって颯爽と帰って行ったのでありました。




ケニアでは電気・ガスの普及率がまだ低く、

未だに70%以上の家庭が薪や木炭で調理を行っています。

多くの家庭が大きな3つ石を置き、その間で薪を燃やすという方法。


ただこの3つ石を使う方法、

とても火の効率が悪く多くの燃料(薪、木炭)を必要とします。

燃料が多く必要となる為、硬い食材の調理を避けるようになったり、

1日1食で済ましたりする結果となる事もあります。

また薪拾いには多くの時間と労力を要します。


そういった事から、

こういった効率的釜戸作りの支援を行う動きがあります。

協力隊員の中でも村に入り、釜戸作りの支援を行った隊員もいます。

(もちろん、エコを考えるとガスなどがいいんでしょうが)


世界には、その国の状況&需要に応じて、

色んなお仕事があるもんですね。


この釜戸、2週間後より使用できるようになるようです。

給食開始ももうすぐ!かな?!